ああ無常

三国志〈13の巻〉極北の星 (ハルキ文庫―時代小説文庫)

三国志〈13の巻〉極北の星 (ハルキ文庫―時代小説文庫)

グランドフィナーレ!これで読み終わり。ちょっとさみしくもあり、あの文体から解放されてほっとした感もあり。
曹操の死から12巻までの筆の冴えはいったいどこへいったのか、なんだか話自体が収束へ向かわずグダグダになっていて、まさかこのまま終わらす気!?と絶えず残りページを気にしながら読んでました。終わりの諸葛亮が死ぬところでは少しくらい今までのこととか死んでいった英雄たちのことを振り返ったりしてくれてもよかったんじゃないかな。もちっときれいなオチつけてくれても。世捨て人・馬超が出てきてジ・エンドになるのはかなり唐突だった。
諸葛亮が孤独と重責に苛まれながら必死で北伐を繰り返す描写は、ここにきてなんだかおざなり。ここがおざなりだから終幕が唐突に思えるんじゃないだろうか。馬岱魏延姜維もかなりへのへのもへじだったけどもうそれは諦めの境地です。枚数も足らないしな。
そして、またしても司馬懿が大活躍をしてくれました。変態方面で。蜀軍に追い詰められて恐怖と屈辱のあまり泣き喚き、かつ大笑いしながら一晩中床を転げまわったり、孔明先生から女物の服を送られて屈辱のあまり泣き喚き、かつ大笑いしながら床を転げまわって「もっと苛め!もっと侮辱しろ!」と叫ぶ司馬懿。す、すごいYO…!(ゴクリ)11巻からの主役は諸葛亮でなく司馬懿だ!


そんなわけで北方三国志の総括。
歴史上のことや時代風俗に関する小難しいことは一切省き、英雄たちの生き様・死に様だけに焦点を当てた三国志でした。知識の浅さが気になり、「歴史小説」とはちょっと言いがたい面もあるけど、ただ純粋に登場人物たちの生き方を描いているので泣けるところでは素直に泣ける。さすがハードボイルド作家。さんざん文句つけましたが素直に面白かったです。
難点は、三国志世界の入門編的作品としては機能しないであろうこと。蒼天航路なんかもそうだけど(正直蒼天航路の方が面白いけど)、演技準拠の吉川英治版や横山光輝の漫画などのオーソドックスな作品世界に対する、一種の対抗文化的な意味合いを持った作品なので、まずそれらの作品をベースとして知らないと面白みが分かりにくい。新野からの逃避行が「ただ襲ってきたから逃げた」んじゃなくて孔明の深遠な作戦であったという設定に感心するのも、馬超が斜に構えたハードボイルダーになっているのに驚くのも、司馬懿がド変態になってる箇所にウケるのも、オーソドックス三国志を知らないと多分面白くない。あと勘違いしてたけど、結局正史準拠でもなんでもありませんでした。ただのオレ準拠!
各人物の扱いも異様に偏っているし、オレ準拠のいらんキャラクターがいっぱい出てましたが、これは歴史の教科書でなく「小説」なのでつっこむべきところではありません。好き嫌いの問題だけで。序盤は主役は曹操なのかと思って読んでましたが、最後まで読んだら、主役はどこをどう考えても劉備一党でした。それどころか考えようによっては、曹操が友達のいないダメな悪役っぽいよ!?つーか最後にフォローぐらいしやがれ!曹操って「物語上の人物」として語るのには向いてないのかもorz
途中から得意の人物描写がえらく陳腐になってきちゃって読者的にも飽きて苦しくなるのですが、各主要人物の死亡シーンがあったので乗り越えられた感じ。死ってビッグイベントだからね。特に劉備の死に様は、呉への進攻からの前振りも含めてとても良かった。劉備が外に見せている顔と本当の自分にギャップを抱えた複雑な人物であることが北方三国志の特徴でもあるのですが、読み終わってみると吉川三国志劉備とそうは変わらない気もします。不思議だ。劉備は人間的に複雑で実像がよく分からない人ゆえに「物語上の人物」向きなのかもしれない。ちなみにウラ主人公は前半・呂布、後半・司馬懿(変態)です。
いまさら歴史のお勉強なんてしたかない、とにかく英雄の悲しい生き様と死に様が読みたいという人におすすめ。軽く読めるし、13巻という長さもまったく気になりません。全体に漂うやるせない無常感が、やっぱ著者も日本人なのだなあと思わせます。